From Tenerife ・テネリフェから

テネリフェに住む翻訳家の英詩、写真、絵画、音楽、スペイン語など

An Ugly Princess

A princess was living in a small country.

She was the ugliest princess in the world.

There were no mirrors in the castle.

She had never seen her face.

Her father was the richest king in the country.

When she turned 16, the king started to look for a suitor.

Many princes came from everywhere in the country.

They told her that she was beautiful,

All but one prince who said she was ugly

She fell in love with the prince.

But, the prince didn’t love her, because of her ugliness.

Her ugliness exceeded his tolerance.

She went to a witch living in a deep forest.

She asked the witch,

“ Can you make me beautiful?”

“Of course, but you will never be able to reverse it .”

“That’s fine.”

She turned her into a beautiful princess.

Everyone said she was the most beautiful princess in the universe,

including, the prince who had seen her as ugly.

He asked if she would marry him.

The princess said, “No.”

She had lost interest in him.

She couldn't even predict the change of her feeling toward the prince.

Everyone said the same thing.

She was bored.

She wanted to be ugly again and find someone

who would say something different.

But she couldn’t have her ugly face back anymore.

The princess couldn’t marry anyone.

She had never had a chance to see her face,

even after she had become beautiful.

It didn’t matter for her if she was ugly or beautiful.

She was superficially respected, loved and protected as a rich princess anyway.

She had everything that most people want to have.

Something was missing in her heart like everyone else.

She was completely ignorant of herself,

because truth didn’t matter to her.

 

The kingship was terminated forever and ever.

 

What a sad story!

 

さみしいところ

 


小学校の中学年だったと思う。放課後、もう誰もいない教室に、西日が差していた。

木造の古い校舎で、床が木だった。がらんとした教室をみて、こういう家に住みたいと思った。

 

私は装飾品があまり好きではない。花もほとんど飾らないし、余計なものは置きたくない。テレビも嫌い。

そういう部屋でさみしさを感じるのが好きだ。

 

寂しいぐらいの、がらんとしたところにいると、頭の中から、いろいろな音が聞こえてきたり、いろいろなものが見えてくるようで、想像力が掻き立てられる。

 

さみしいと、いろいろなものが作れそうだ。

 

ストレートで、シンプルなものが、子供のころから好きだった。

 

飾らない人間が好きだ。

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仕事が終わった。それで

仕事が終わった。


Arvo Pärt - Tabula Rasa - Ludus

仕事がやっと終わり、Arvo Pärt - Tabula Rasa - Ludusを聞く。もう何度も何度も繰り返し聞いている。これを初めて聞いたのは、もう30年ぐらい前のことだ。飽きずに、何度も繰り返して聞いている。

今日も、はじめの出だしから涙が出そうになった。本当にきれいだ。

私のはいくつか、何十年も繰り返し聞いている音楽がある。聞けば聞くほど好きになる。

Tabula Rasa (Pärt) - Wikipedia

 

 

ネットの釣りーいい加減にして

魚を家族に食べさせたくて、釣りをする。

100円のサンマが餌だ。

でも、1匹もつれなかった。

100円のサンマを家族に食べさせれば良かった。

 

5年ぐらい前に、夫が書いた詩がこんな内容だった。

 

釣りもギャンブルだ。

 

釣りの餌は、日記のタイトル。

どんな人に読ませたいか、タイトル次第。

人を期待させることもできれば、ドキッとさせることもできる。

嫌なことを予感させることもできるし、タイトルだけで、十分人を刺激することもできる。

 

人騒がせなタイトルで、他の人を刺激して、ネガティブな反応させれば計画通りだったりする。ましてや、自分でブロックした、自分の日記の内容の読めない人を反応させるには、タイトルを、工夫する。

内容自体は、批判をしていない。どちらにしても、刺激したい人間は内容が読めない。だから、タイトルだけで批判的な内容を予測する。そして、ネガティブに反応する。

そしてそのネガティブな反応を見たとき、はじめて日記で批判する。 私、誰のことも批判してないのに、この人がほっておいてくれないって。そんなの、内容の読めない刺激されたほうは知らない。

私は誰のことの批判していないのに、勝手に、そいつが反応したとでも追記で書いてやる。ほっといてほしいのに、なんでわかんないのと付け加える。

こうして日記の本文が、他の人を傷つけなくても、 タイトルだけで、十分人を罠にはめることができる。

 

今までこういうことは黙ってきた。反応したら、落とされるから。何度かあった。

でも今日は言う。

 

いい加減にしてってね。

マイナーな人生

私は筋力トレーニングは嫌いだけど、球技は大好きで、実は得意です。でも、精神が体育系とは全く逆の境地に行ってしまっています。

卓球やテニスなどの個人プレーも好きです。でも実は、協調性のかけらもないように見える私でも、団体競技も楽しいと感じます。団体競技は、すべて自分の責任で、球を追いかけなくてはいけないわけではないので、楽に感じます。

私は、団体に入ると、自分の居場所を探します。そのために

1.全体を見渡す。

2.ボールが向かう方向をあらかじめ予測する。

3.人手の足りないところを探す。

常に、人のゆかないところに行きます。ボールを追いかけません。人のいないところに行くと、ボールが私に来るんです。

また、敵のメンバーがボールを持っている時にも、それを遠くから眺めて、ボールの進行方向を予測します。それで、彼らがボールをパスしようと、ボールが手から離れたときに、進行方向に割り込み、ボールを奪うというのも楽しいです。

これで、あまり体力を使わずに、バスケットボールが楽しめます。この場合、走り回らなくても、シュートをする機会ができます。

 

全体を、少し離れたところから見渡すということが、 とても重要なのです。実際の距離という観点からも言えますが、時間的な観点にも、適用できます。つまり、歴史です。

現在のことだけではなく、過去からのつながりを見るということです。現状から少し離れて観察するとは、実際の距離と時間という観点から行うことができます。

 

そうやって、コミュニティの中の自分の位置を決定します。

みんなが群がる場所に、ただ盲目的に群がりながら、有意義な人生を送ることはできないでしょう。自分が本当に必要とされるところをさがし、そこで、自分を生かすことができれば幸いです。

 

そういう意味で、マイナーな生き方をしてゆこうと思います。メジャーが悪いのではなく、メジャーな方々がいてくださるおかげで、私はマイナーな生き方を楽しむことができるのです。

ありがたいことです。

 基本的には、みんな違うんですけどね。ただ、自己吟味の苦手な人は、自分の他との違いに、気づけないでいるのかもしれないですね。人に合わせようと、いろいろ無理をされる方もいらっしゃると思います。無理は、良くないですね。

"Always remember that you are absolutely unique. Just like everyone else." - Margaret Mead (笑)

 

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Silly Talk

Silly Talk

 

We are walking on the moon

Hey, your head is upside down

 

You are holding my hand

To take me to wonderland

 

I'll surely go with my guy

Together flying in the sky

 

We are free from gravity

We are free from anxiety

 

Our time never runs fast

Our future brightens the past

 

Let’s talk about our dream

Over coffee with a little cream

 

On a lovely morning walk

We´re having a silly talk

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自宅窓からの風景

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時々、風景を見ていて思う。

どんなに有名で才能のある芸術家が、何をしても、自然が持つその100万分の一も表現しきれていないのではないかと。

ゴッホやピカソの絵が、億単位で売買され、多くの文学者がまるで神様のように扱われているけれど、崇拝に近いような称賛に値するほど、彼らの作品は優れているのだろうか?ドビュッシーも素晴らしい曲を書いた。大好きだけど、人間である芸術家に対する称賛は、度が過ぎているのではないかと思うことがある。

不完全な人間のやることには限界がある。

自然の美をそのまま受け入れる能力が、どこかで無くなってしまったんだろう。

毎日素晴らしい夕焼けに感動する。でもその反面、それをフルに味わえない切れないような限界を、自分自身に感じる。美を受け入れる能力も、不完全なのだ。美しすぎて、とても悲しいし、痛い。